Day 86 懲役はシャバに想いを残すとツラいらしいぞ。
初公判直前の検事調べで頼んだこともあり、初公判後の接見禁止解除について、カタチだけとはいえ、
大谷検事に一言お礼を申しあげてやったところ、
「またウソをついたら、接見禁止にするからな。」
また? またとは何だ?
またという言葉は、過去の取調べでウソをついた者にのみ使うべき言葉ぢゃないかっ。
取調べ中に、ウソをついたことなんかないではないかっ。
そういう配慮に欠けた物言いをするから、嫌われるんじゃ。
あー、気分悪い。
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同行室の檻の中から、看守の任に就く警察官に話しかけている、キリっとした眉の若い男は、
一見、20代後半から、せいぜい30半ばだろうと思われたが、すでに反社会勢力の団体を率いていた。
「・・・だって向こうがアヤつけてきたんだよ。」
「うん、でも、お前さん、看板背負ってるんだろ?」
看板背負ってる、という言葉の正確な意味を私が知るのは、もっと先のことで、
当時はなんのことを指す言葉なのか、さっぱりわからなかった。
彼が同行室看守に、堕ちるのか、出られるのか、この先一体オレはどうなるのか、について意見を求めているらしいことは、わかった。そして、どうやら看守の予想が、彼の期待とは多少異なることも・・・
「また、行くのかよ・・・」
さらに、刑務所経験者らしいことまで、わかってしまった。
だが、不機嫌そうな、この若い男との気まずい雰囲気を打開しようと、実は突破口を探していた私は、
敢えてそこを切り口にすることにした。
「刑務所・・・どんなところですか?」
彼は私の方へ顔を向けたが、すぐには答えなかった。
「やはり、ケンカとか揉めごとが起こるんですかね?」
「それは、しょっちゅうです・・・頭おかしい奴ばっかりですからね。」
「イジメはどうです?あるんですか?」
性犯罪者に限定することは避けた。初対面の相手に必要以上の情報を提供してはいけない。
「イジメ・・・要らん奴は工場から追い出しますよ。それをイジメと言うかどうかは、
ジブンにはわかりませんがね。」
またしても、わからない話が出た。でも、まあいい。行くと決まったわけではない。
イジメらしいことはある、今はそれくらいにしておこう。
「でもね、懲役も悪いことばかりじゃないですよ・・・」
おそらく、私の顔に失望の色が表れていたのだろう。彼がフォローを入れてきた。
「・・・本読めるし、勉強できるし、映画観れるし、たまに、菓子食えるし。」
映画と聞いて期待したが、やはりスクリーンではなく、VTRだそうだ。
「慰問、ありますよね?」
「だいたい、毎月なにかしらイベントやってます。けっこう面白いですよ。」
詳しい様子なので、どのくらい居たのか期間を尋ねようと思ったが、やめた。自慢にしている人なら、
まっ先に自分から口にしているハズだ。
「それでも、あまり行きたくないんですよね・・・」
誰だってそうだ、自分でもバカなことを言っていると思った。
若い組長は、うんうんとうなずきながら、
「懲役は、シャバで普通に働いている人なら、やっていけます。
キツいのはそういうところじゃないんですよ。」
「・・・・?」
「シャバに想いを残すと懲役はツラいです、とっても。
だから、入ることになったら、そういう想いを1つ1つ潰していく。・・・入る前に、ね。」
彼の言わんとするところは伝わった。だが、
残すとツラくなる想い・・・現在の私には非常に少ない。
喜んでいいのか、悲しんでいいのか。
「で?・・・入りそうなんですか。」
わかりませんと答えると、なにをやらかしたのか問われたので、正直に話すと・・・
「悪質だなぁ。」(苦笑)
穴があったら入りたいワタシ。
「でも、猶予になるかもしれませんよ。
それに、入ったとしても仮釈たくさんもらえるような気がするな。良い人そうだから。」
最後の方はお世辞だろうが、猶予の可能性は私も捨ててはいなかった。
このときのオレ、我ながら、おめでたい奴だった。