Day 80 頭が良すぎるのも考えものだと身をもって教えてくれた、サイコなオトコ
その人の総白髪には、なんとも言えない品格が漂っていた。
だから私は、彼が生業について話す前から、頭脳労働者に違いないとふんでいたのだ。
もっとも、どんな仕事も最終的には体力勝負であることを考えると、
彼自身が自分の職業を肉体労働と認識していたとしてもおかしくはない。
事実、彼の仕事は、その実入りに相応しい疲労をともなうと容易に想像できた。
「なぜ、黒い服しか着ないのですか?」
当時、被留置者のほとんどが、スウェットまたはジャージを好んで着用していた。
偽シャネルのシャカシャカジャージは別にして、KappaやChampion、あるいは、NIKE、adidasといった比較的名の通ったメーカーのモノが主流で、ガルフィなる一部の方々に有名なブランド(私は聞いたこともなかった)を愛用するコアな人たちが残りを占める、といった構成のようだったが、いかんせん、私が聞いたことのないブランドも多く、実はよくわからなかったのが本音だ。
また、少数ながらユニクロ派が存在していたのは、時代の流れというものだろう。
私はその少数派の1人で、なおかつ、その変わり者の中でも、さらに変人扱いされていたのは、
着るものすべて、下着にいたるまで黒だったから、だった。
通常は、黒しか着用しないことについて尋ねられた場合、
汚れが目立ちませんから、
と上っ面だけの答えを返していたのだが、
この人の丁寧な問いかけに対しては、いささか躊躇した。
そういう配慮をさせてしまう、ただならぬ威厳のようなものを、
この人は備えていたのだ。
「黒でない服を着ると落ち着かないのではありませんか?」
私が模範解答を探していると、助け船が出された。
「どうでしょうね・・・子どもの頃は、黒を好んで着ることはなかったです。」
「ほう、では、いつ頃から?」
思い出せなかった。
確かに、この老人の言うように、黒が好きというよりは、黒以外の服に袖を通すと落ち着かないところがあったようにも思える。
「成人して・・・社会人になってから、ですね。すぐに、ではないですけど。」
そうですか、と頷きながら、
「私の看てきた人たちの中に、白い服以外は受けつけない方がいましてね・・・」
途中、専門用語らしき意味不明の単語の羅列で話の本筋を見失いかけたが、彼の意見はこうだと思う、
単一色の着衣にこだわるのは、こころの病いの一つですよ。
アインシュタインが同型同色の服を7着、各曜日ごとに着がえていた話を知っていますか?と聞かれ、
知っていると答えると、彼は、天才理論物理学者のその逸話も、こころの病いの一つ、と言いきった。
さらに、私の不安を和らげるかのように・・・
「今の世の中、正常な人なんていませんよ。」
徐々に過激になる意見に、コイツこそ心の病人ではないかと懐疑的になったが、同時に興味も深まった。そして、この人の罪状について知りたい衝動を抑えられなくなった私は、
ついに恐る恐る尋ねてしまった。
「未成年をアレしてしまいましてね。」
「未成年にアレですか・・・いけませんね。」
私はこころの中に、自分をあげておく神棚を備えている。
昔っから、自分のそういうトコロが大っ嫌いだ。
アレか。あれなら、大丈夫だ。
彼は私以外とは話をせず、私も彼に好感を持っていたので、運動がいっしょの時は、2人で会話をすることが多かったが、ほどなくして、突然彼の姿が消えた。
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明石老人は、精神鑑定だと言う。
「だって彼、xxxxxxxxxxやったんだよ。」
彼の言ったアレは、私の想像していたアレとは全く異なっていた・・・。
彼の姿をその後見ていない、それっきりだ。
( ̄ー+ ̄) s:th (シスと発音して下さい)