Day 121 監獄法改正に驚く、3日天下なオトコ
朝食後、唐突に、
今日から留置場の規則が一部変更されるよ、と
スパイが言った。
監獄法改正に伴い・・・とかなんとか、
小難しいことも言っていたが、
よくわからなかったし、どうでもよかった。
無知というのは恐ろしいもので、
もうすぐ俺はここを出る、と
当時の私は本気で信じていたのだ。
監獄法改正に伴う規則変更は今日から、とのことだったが、
実は数日前から、わずかながらも変化の兆しはあった。
朝食のジャムが、ストロベリーからマーマレードに、
牛乳だけだった朝食の飲み物が、
コーヒー牛乳に(残念なことに毎朝ではなかった)、等である。
未経験者にはご理解いただけないかもしれないが、
そんなささいなことで、幸せを実感できるのが、
監獄生活というもので、
通常だと、食パンのわずかな変色すら見逃さない我々も、
こういう時は黙って食し、余計なことは一切口にすることなく、
ささやかな幸福を享受する。
留置場にいる被疑者なんざ、そんなもんだ。
他にも様々な変更が小さく行われていたようだが、
そのほとんどが、被留置者の希望によるものであって、
警察主導ではないという話を聞き、少々驚いた。
監獄という場所を考慮すれば、
ある意味、エポックメイキングな出来事と言っていいのではないだろうか。
一方、
「俺に言わせれば改悪だ。」
という意見の看守もいた。
下手人の苦痛を和らげる規則変更に異議あり、ってワケだ。
監視する側というか、納税者の視点に立てば、
そうかも・・・しれませんな。
その他の、わかりやすい変化としては・・・
食事のとき、お茶が出るようになった、
(以前は、お湯または水だけだった)
さらに有料ではあったものの、
ジュース購入までもが解禁となった、
等があったのだが・・・
そんなことよりも、
たったこれだけの、小さな小さな変化に対し、
過剰なまでの反応を示したオトコが、
つい最近入場してきた125番で、
埼玉の留置場では、ジュースが飲めるのですか、と
彼は本気で驚いていた。
(私にはそう見えた)
彼は出所したばかりの元受刑者だったのだが、
実は、そういう人たちがここにはたくさんいて、
格別珍しい経歴ではなかったのだけれど、
3日前まで刑務所にいたというエキセントリックなオトコは彼だけで、
しかも、服役先は、ご近所の川越少年刑務所だった。
( ̄ー+ ̄) s:th
「川越少年刑務所とは、どのようなところでしたか?」
川越少年刑務所に関するウワサは、
ここでは耳にすることが多い。
少年刑務所は若年受刑者のための施設なので、
通常、私のようなオッサンには関係ない場所ではあったのだが、
警察の取り調べが終了すると、留置場を出て
拘置所へ移送されることになっており、
特別な例を除き、川越署留置場の被留置者の移送先は、
川越少年刑務所内の拘置所だった。
したがって、私にとって、川越少年刑務所、
興味の外ではない。
125番は、私の抽象的な質問に対し、
「・・・2度と入りたくないところです。」
と、ハッキリ答えた。
そんな2度と入りたくない場所から、
ようやく出てきたばかりだというのに、
どんな危険を冒したのか、訊ねてみたところ・・・
125
「チャリパクです。」
日本語に訳すと、自転車泥棒。
笑いを堪えるのに苦心したが、
このオトコとの共同生活は、
このオトコと36番のケンカが発端の
部屋のシャッフルによるもので、
その原因は、36番の無意識な笑いを、
125番が嘲りと勘違いしたことが原因と聞いていた。
不用意に、笑い顔を見せない方が良い相手と思って間違いない。
同房との小競り合いは、しょっちゅうだったので、
それ自体は特別なことではなかったのだが、
どうすれば、わずか2時間前に出会った相手と
モメることができるのか私には不思議でならなかった。
とは言え、よくよく見れば、このオトコ、端正な顔立ちの中に、
3日前までの黒い履歴を、目元にしっかりと残している。
さらに、恵まれた体格もまた災いしていたかもしれない。
180センチを優に超える長身と、
そのかなり筋肉質なガタイは、
周囲を警戒させるに充分な効果があった。
少年刑務所は、関東近辺に、
水戸少年刑務所、松本少年刑務所等、
川越以外にもいくつか存在していたのだが、
どうして、中部地方の受刑者が関東圏で
服役することになったのだろう・・・?
そのあたりを彼に尋ねると、
岐阜での判決後、名古屋へ行き、
その後、川越に送られたと答えた。
私の感覚だと、岐阜だけでなく、
名古屋からでも、松本の方が川越より近い。
となると、罪状にその答えがあるのかもしれない。
125
「たんなる暴行だったんですけど、
被害者の親父(父親)が、
裁判で文句言って、
実刑になりました。」
彼の説明によると、
裁判官が、傍聴席に向かって、
なにか言いたいことのある方はどうぞ、と言い
これに応じて被害者の父親が意見を述べ、
その結果として、猶予が飛んだと
いうことだが・・・
果たして本当だろうか?
少なくとも私の公判で、
ハヤカワ裁判官が傍聴人に
呼びかけるようなシーンはなかったが・・・
暴行イッパツ実刑は超レアである。
だが、暴力行為は被害者が怪我を負うと、傷害へとアップグレードされ、
罰則も重くなり、実刑にグッと近づくのであろうことは
素人の私にも容易に想像できるが・・・
彼が真実のみを口にしているという保証はどこにもない。
彼の口にした、「たんなる暴行」も意味深だし・・・
ホントに、暴行だけ・・・ですかい?
川越少年刑務所に送られた125番は、
川越で刑期を務め、満期で出所した。
仮釈放ではなかった理由については、
あえて尋ねなかった。
聞けるわけないし、見当はつくだろう・・・?
( ̄ー+ ̄) s:th
「出所して最初に何をしました?」
125
「コンビニでケーキ食いました。」
出所を数回経験していたロン毛は、
出たらまず、タバコと酒の自販機を探すと言っていた。
125は喫煙者である。
125
「満期は、朝、早い時間に出されるんですけど、
前日の夜に、朝メシ食うか、聞かれます。
もちろん、いらない、って答えましたよ。
食う奴なんて、いないんじゃないスかね。」
世間一般で言うところの、臭い飯より、
コンビニのケーキを選んだ、ということらしい。
彼らしい選択ではある。
それで、次は?
125
「コンビニでタクシー呼んで、本川越の駅へ行きました。
(川越が)地元の奴から、JRの川越駅より、
(西武線の)本川越駅前の方が栄えている、
と聞いていたんで。」
そこは、スパイが勤務していた交番のあたりに違いない。
彼も、同様なことを口にしていた。
そして、次に?
125
「自転車見つけて、乗り回していたら・・・
オマワリに止められました。」
極めてシンプルな説明なのだが、それは犯罪行為である。
残念なことに、本人にその自覚は全く感じられなかった。
スポンサードリンク
監獄法改正は全国一斉施行。
埼玉だけでなく、岐阜の留置場でも、
きっと、ジュースは飲めるようになっているのだろう。
監獄法改正について、その本質は、正直なところ、よくわからなかった。
だがそれは、私の理解力不足だけでなく、
説明している看守の理解力もその原因ではないか、と思われた。
よくわかっていない奴が、まったくわからない奴に説明したって、
埒が明かないだろう?
明石老人は彼らしい角度から、この法改正を見ていた。
「刑務所が住みやすいところになったら、
裁判官は悩むことなく、重い判決を言い渡せるじゃないか。」
厳罰化の効果は、被害者感情を癒すだけにはとどまらない。
今回の法改正には、川越辺りの小悪党にはわかりっこない、
深い、深〜い理由があるのかもしれなかった。
Yesterday Tomorrow Day 101-150
( ̄ー+ ̄) s:th (シスと発音して下さい)