Day 116 チューリップ部長の量刑予想
一昨日、夜中に入場してきた若いオトコの顔は、
今日になってもまだ、腫れがひいていなかった。
「あんなにボコボコになった顔を見たのは初めてです。」
運動時間、彼から聞こえない距離を保ったまま、
正直な感想をもらすと、
「あんなの大したことないですよ。」
職人が信じられない言葉を口にした。
この人の脳にはまだ、
覚せい剤が残っているのではないか、と
本気で考えてしまった。
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「求刑5年の実刑4年。」
うーん・・・と唸った後、チューリップ部長がようやく予想を口にした。
「実刑・・・ですか?」
「実刑だね、・・・おそらく、いや絶対。」
「絶対、ですか? その根拠は?」
「有名だったんだろ?」
スパイの野郎・・・
「報道されると、(罪が)重くなるんですかね?」
「そりゃそうだろ、世間をお騒がせしたんだからね。」
どう考えても、報道の有無と猶予の可否は無関係だ。
チューリップ部長の量刑予想には、
彼の願望が影響していると見るべきだろう。
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被留置者は、とにかくメシを食うのが早い者ばかりで、
とりわけ、懲役経験者の早さは普通ではなく、
食うというより、飲むといったカンジの勢いで、
噛んでいないように見えることもあった。
だが、そんな中にあってさえ、
突出して食事の早いオトコが
過去、同房者にいて、
その人の食べるスピードは尋常ではなかった。
70過ぎの母親を殴り続けて入場してきた40歳の彼は、
取調官から、かなりの勢いで怒られたらしい。
「死んだら、どうするんだ?」
わずか3日で出て行ったので、
私は釈放されたと思っていたのだが、
その後、一週間ほどして精神鑑定のウワサが流れた。
そうだったかもしれないが、正直どうでもよかった。
部屋でトラブルは起こさなかったし、今はもういない。
戻ってくるかもしれないが、戻ってこないかもしれない。
私を含め、気にする奴は1人もいなかったのではないだろうか。
集団生活である以上、周囲に合わせることは必要で、
その努力を怠った結果としてのトラブルは、
ここではあまり珍しいことではなかったが、
個室収容でない限りは、食事にかける時間でさえも、
落ち着いた監獄生活を送りたいならば、
その必要の中に含めたほうがよいと、私は思う。
数日前に入場してきた、そのオトコは、
罪名覚せい剤というウワサだった。
目つきが普通ではなかったとともに、
紙オムツ持参で入場してきたことも、
私からすると、普通ではなかった。
また、常に暗い表情をしていることも普通ではなかった。
覚せい剤事犯の者たちは、底抜けに明るいのが普通なのだ。
「Bの方ですか?」
というデリケートな質問を、
会う人会う人に平然と行っていたこと(おそらく被留置者全員)も
きわめて異例と言ってよい行動で、
やはり、普通の被留置者は決してやらない。
Bとは、B登録が正式名称に近い言い方だそうで、おおまかに言うと、
反社会勢力に属するかどうかの選別に使われる登録、らしい。
メガネの看守の情報によれば、「A登録もあるんだよ。」とのことだが、
その意味するところまでは、必要ないので聞かなかった。
いずれにせよ、聞き方とタイミングで、いかにもトラブルになりそうな質問じゃないか、
通常の神経の持ち主なら、誰彼かまわず尋ねてみたりはしないだろう?
違うか?
ある日のこと、突然そのB登録疑惑オトコが夜中に連行された。
その日の昼間、同室のイラン人が涙ながらに転房を訴え出たことを目撃した奴がいて、
様々な憶測が乱れ飛んだが、
看守はもちろん何も語らず、
口止めされたイラン人も何も言わなかった、が
職人がどこから聞きつけたのか、
「あの人、精神鑑定らしいですよ。」
どうやら、異常行動があったらしいということになった。
イラン人は詳しいことは一切口にしなかったが、
食事の速度と精神鑑定の関連性に疑いを持つ私は、
B登録疑惑オトコの食事について尋ねてみた。
イラン人は、
「アノ人、ごはん食べるの早かった・・・スゴク早かった・・・」
とだけ言った。
やっぱりそうか・・・
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