Day 37 ダブル執行猶予
同じ川越留置場の被留置者で、お互い顔見知りでありながらも、
この2人とは挨拶を交わす程度の仲でしかなく、
今朝、検察庁同行室の牢の中での雑談が、
初対面のような堅さから始まったことは致し方ないことだった。
ボウズ頭にメガネをかけ、反対側の長いベンチの一番入り口に近い席に座っている男は、
先日、1号法廷で審議されたオトコで、
見た目同様常識を備えたマトモな男だった。
もう1人の川越留置場被留置者は、黒い肌をしたパキスタン系日本人のネールという男で、
中東の男と聞いて我々がイメージする白い民族衣装を、
いったい何枚持っているんだ?と聞きたくなるほど常時着用していたため、
黒い肌がより一層際立って見えた。
中古自動車販売店の経営者で、現在、会社は日本人の奥さんが切り盛りしているという。
「大変ですね。」
「ワタシ大変。早く帰りたい。」
彼は執行猶予中(別名:2刑持ち、弁当持ち、爆弾持ち)でありながら、ダブル執行猶予を頑なに信じる、
私の理解を越えた思考の持ち主で、それはそのままイスラム教徒に対する私の偏見へとつながっていた。
ダブル執行猶予とは、執行猶予中の人が、またまた猶予で社会内での更生を許されることである。
現在は死語扱いされていた。しかし、今でこそ、執行猶予はお1人様1回限りと言われているが、
一昔前には、執行猶予中にもかかわらず、執行猶予の判決が出ることが実際あったらしい。
刑法 第25条
(執行猶予)
次に掲げる者が三年以下の懲役若しくは禁錮又は五十万円以下の罰金の言渡しを受けたときは、情状により、裁判が確定した日から一年以上五年以下の期間、その執行を猶予することができる。
前に禁錮以上の刑に処せられたことがない者
前に禁錮以上の刑に処せられたことがあっても、その執行を終わった日又はその執行の免除を得た日から五年以内に禁錮以上の刑に処せられたことがない者
前に禁錮以上の計に処せられたことがあってもその執行を猶予された者が一年以下の懲役又は禁錮の言渡しを受け、情状に特に酌量すべきものがあるときも、前項と同様とする。ただし、次条第一項の規定により保護観察に付せられ、その期間内に更に罪を犯した者については、この限りでない。
法的には、その執行を猶予された者が一年以下の懲役又は禁錮の言渡しを受け、
情状に特に酌量すべきものがあるとき ならば、ダブル執行猶予は可能だが、
彼の前刑は車両窃盗で2年6月。今回も同じ車の窃盗なので、
前刑を上まわることは間違いないだろう。彼のダブル執行猶予は普通に考えて、ない。
日本で詐欺に遭ったので仕方なく窃盗をしたとネールは主張する。
それが原因かは不明だが、担当刑事と衝突したため、大谷検事の取調べを希望したという。
そういえば、私も大谷検事から、
大谷検事
「私になにか話したいことがあったら、担当の刑事さんに申し出れば、時間作ってあげるから・・・」
わけのわからんことを恩着せがましく言われたことがあったが、
検事には言えないけど刑事には話せること、はあっても、その逆は私にはない。
なぜ、ネールが刑事より検事の取調べを望んだのか・・・私には全くわからなかった。
1号法廷被告人は、会社のカネを使い込んで訴えられました、と言った。
半分は返済し、残り半分も近々返済できそうです、というので、
それなら、うまいこと出られるんじゃないですか、というと、
実刑になるかどうかの瀬戸際です、と答えた。
横領というのか背任というのか、こういった類の犯罪、実はこちらの想像以上に重いようで、
お金を返したから許してやろうとはいかないらしい。
懐具合のよい彼は、私選弁護士を立てていた。
川越支部から車で10分くらいのところに自宅があるので、
ここに来ると帰って子供の顔を見たくなると言っていた。
判事は情状証人虐待で有名な、私と同じ早川判事。
しかも傍聴人が多いので、母親や奥さんを情状証人として出廷させられないから、
手紙を書いてもらい弁護人が代読することにしたという。
「せっかく、私選まで立てているのに、いいのですか?」
「母親や嫁をさらしものにはできないですよ。
もし、手紙の効果がまったくなかったとしても、
自分のやったことなので受け入れるつもりです。」
色んな意味で対照的な2人だった。
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元大リーガーの吉井理人が、大リーグは奇人変人の集まりだとコメントしたことがあった。
だが、チームメイトから、オマエはニンジャだったのかとしつこく聞かれ、
仕方なしとはいえ、昔少しだけ忍者だったと答えた吉井も、
彼等の一員となる素養を充分備えていたと思う。
今、私がいるこの場所も奇人変人の集まる場所だったが、
今夜から僅かながらマトモになるだろう。
私が検察庁へ行っている間に、兄さんが出て行った。
彼の姿をその後見ていない、それっきりだ。
( ̄ー+ ̄) s:th (シスと発音して下さい)