Day 34 薬物依存的楽観主義
犯罪を笑いのネタにするのが、ここにいる人たち独特の話し方だった。
それはまた、制約の多い、ともすれば暗くなりがちな留置場生活に耐え、けっして大げさに考えたり、
不安で自分を見失ったりしないようにと、誰もが従っている暗黙のルールのようでもあった。
とりわけ、薬物事案の方々には彼等にしか共有することのできない価値観というものがあり、
そうでない者たちが容易に入っていけない領域で、彼等はここでの生活を愉しんでいるのだった。
「何、やったんスか~?」
罪名について聞かれるといつも困る。誰彼かまわず洗いざらい話す気などさらさらないのだが、かと言ってここで嘘をつくことは著しく自分を危険にさらすことになる。それは質問者が薬物事案の方である場合でも同じだ。
「無修正のDVDを・・・」
ここまでウソはまったくない。その先を聞いてから判断するか、早合点するかは相手の勝手である。
「売り子、スか~? 日給1万5千円スよね~? ワリに合わないスよね~。 初犯スか?
実刑6ヶ月、スね~。」
このオトコは早合点のクチだった。覚醒剤取締法違反の被疑者で、なにがそんなに楽しいのかわからないが、終始笑顔で会話を楽しむ男だった。
身柄拘束からしばらくの間は、連日取調べが行われたため、多忙な日常に没頭し不安の入りこむ余地などなかったが、起訴が確定したあたりから取調べが少なくなり、同時に考える時間が生まれてしまった。
しかし、マトモな人間(マトモな奴なんて、ここにはあまりいないが)が、こういう場所で思考し始めると大抵、下降線をたどることになる。
そんなとき、彼等の楽観主義的明るさはひどく羨ましいものに見えた。
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被留置者でありながら留置場切っての情報通、明石老人が、兄さんは、元ヤ〇ザで、理由はともかく、所属していた団体を破門になったという情報をどこからか入手してきた。極道も非人格者には務まらないようである。反社会的勢力にも見る目を持った人がいるということだ。
今日、私が取調べに出ている間に、兄さんが熱望する受診のための検便採取が行われたそうだが、
「はい」(検便容器をさしだし)
「なんだよ、そのイトコンニャクみたいのは!きたねえな、そんなきたねぇの受け取れねーよ。」
結局、汚物にまみれた検便容器は受理してもらえなかったらしい。
このオトコも、ある意味、楽観主義者の1人である。
間違いない。
( ̄ー+ ̄) s:th (シスと発音して下さい)