Day 3 若者移管告知
扉を開けて留置場内に入る際、連行の看守が、解錠!とシャウトする。
解錠!の後に、幹部巡視!が付くときは、被留置者ではなく、エラそうなオヤジが入ってくるときだ。
解錠!の声とともに、取調べから戻ってくると、若者しかいなかった。
ロン毛は取調べ(コイツは毎日取調べで呼ばれていた)、
大男は弁護士接見(奴は私選弁護士を立てていた。弁護士接見に時間制限はない)だそうだ。
なんとなく、ほっとしていると、若者が思い詰めた表情をしていることに気づいた。
見るからに落ち込んでいる様子。大して興味はなかったが、一応、話しかけることにした。
こんな場所にもそれなりの付き合い、ってものがある。
「明日、イカンなんです・・・」
イカン?
移管とは、留置場から拘置所、つまり代用監獄から監獄への移送のことだった。
移管は取調べの終了と同時に、喫煙者にとって、強制禁煙開始をも意味する。
この若者は喫煙者であった。
「大変ですねぇ・・・」
同じく喫煙者の私は心から同情していた。本当だ。
だが、彼の憂鬱の原因はタバコではなかった。
「僕は勤務先の商品を転売してしまったんです・・・」
尋ねてもいないのに、唐突に彼は罪状について語り出した。
面倒なことになりそうだったが、今さえぎったらもっと面倒なことになりそうだった。
スポンサードリンク
監獄では、僕や俺という言葉を使う者がいない。使ってはいけないような空気すらある。ほとんどの者が「ジブン」という言葉を使う。”ほとんど”なのは、私が入場から出所まで、ワタシで通したからだ。
ワタシは、僕や俺と違い、目上に対しての使用も失礼にならない。私はワタシだ。
彼は話し続けた。・・・長い話だった。
その長い話を、ざっくり言うと、
彼は職場の同僚のせいにし、給料のせいにし、教育費のせいにし、嫁のせいにした。
彼は嫁の浮気を疑ったいたが、話を聞いている私にさえ、確信できるだけの材料があるにも関わらず、
その先に踏み出そうとする熱意が感じられなかった。正直なところ、イライラしたが・・・
夫婦のことを他人がとやかく言うべきではない。
私はひたすら黙って聞いていた。
彼は前科がなく被害者は勤務先だけ、加えて、ご両親が被害全額を弁償し、私選弁護人を立てていた。
示談はまだだったが、時間の問題だろう。執行猶予は間違いない。
それでも彼の心は晴れないようだった。
私は、執行猶予付きでも、出れるならイイじゃないかと思って聞いていた。
面会の話になった。
私が取調べられている間に、嫁が面会に来たらしい。
どうやら、そこで死刑宣告があった、・・・ようだ。
いなくなった方がイイんじゃないか、そんな女は。そう思ったが、口に出すのはためらわれた。
気持ちはわかるが、状況が悪すぎる。
嫁を翻意させることは難しいだろう。
”僕”を使っている点だけでも、彼が間違って入ってきてしまった人物であることは明白だった。
彼のなかに職業的犯罪者の素養は見当たらない。長く滞在させるべき人物ではないように思えた。
更生の余地があるならば、悪影響を受ける前に社会復帰させてやるのが、世のため本人のためだ。
( ̄ー+ ̄) s:th (シスと発音して下さい)