Day 17 単独
保護房、保安室・・・さまざまな呼び方をされていたが、留置場の看守は保安室と呼んでいた。大男だけは、保安室のことをびっくり箱と言っていたが、びっくり箱は、領置調べの時に、1人1人入れられる、拘置所や刑務所の個人控え室(とロン毛が教えてくれた)のことだそうなので、彼が間違えているだけだろう。
問題を起こした者を入れておく部屋だけあって、カメラによる24時間監視が行われるほか、狭い室内には便器以外なにもないという。閉所恐怖症でなくとも、相当キツイところらしい・・・。しかも、入れられたら、しばらく出てこないよと大男は言った。
それは好都合だと思っていたら、兄さん、検事調べで検察庁へ行くという。しかも、奴1人のために一台クルマを用意するらしい。この悪い意味での特別待遇を単独といい、通常、極悪人に対して行われるそうだが、検事調べは最優先で待機時間はほとんどなく、到着と同時に取り調べが開始され、終了後すぐに戻されるという。
ツイているのかツイていないのか・・・。
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その日の同行室に兄さんの姿はなかった。
(私も検事調べだったのだ)
隣の白髪の老人は、飲み屋のマダムに入れあげて裏切られ(通い続けたが、ヤレなかった、ってだけの話だ)、その腹いせにマダムのクルマを傷つけ、器物損壊でパクられた、年甲斐のない男だった。
罪状について細部まで聞かなかったが、一度傷つけたくらいで身柄拘束されたりはしないと思う。「親父、あとは俺にまかせてくれ。」と言ってくれた倅に後の処理はすべて任せたそうだが、息子が立派なのか、親父が無責任なのかは、見極めきれなかった。
倅のことは好きだが、倅の嫁はキライだと老人は言った。家を新築するとき、「建築士には注意しなさい」と注意したら、実は、嫁が雑誌で見つけてきた、お気に入りの建築士だったそうで、その後、人間関係がこじれたらしい。老後の面倒が期待できないから、10年前に書いた遺言書を書き換えたいという。どこまでも自分勝手な男だ。
「どういう内容に換えるんです?」
「嫁に遺産を残したくないんよ。遺産といってもたいしたものではないけどな。」
「でも、息子さんには残すんですよね? ・・・それなら、いずれお嫁さんのところに・・・」
「ダメかい・・・?」
「ダメでしょう。」
「倅と孫には残してやりたいけど、嫁には残すのはイヤなんだよ・・・」
さしつかえなければ、と前置きして遺言内容を聞くと、奥さんと息子さんで半分つづと書いた、当時まだ嫁も孫もいなかったからな、と老人は言った。
「それをどのように書き換えたいんです?」
「ウチの(奥さん)に3/2いくように・・・それと・・・」
「それと・・?」
「今のこのワシの怒りを遺言書に書き連ねたい・・・」
もともと、どこまで真実かわからない話なのだが、やり場のない怒りの矛先が、倅の嫁に向いただけ、のような気がする。実りのない会話は、この後もしばらく続いた。この老人はこの先ずっとこんなドロドロした感情を抱えたまま生活していくのだろうか・・・
いつものように疲れきって還房すると、保安室にいるハズの兄さんが・・・留置場内にいた。
しばらく平穏な日が続くな、と思っていたのに、兄さんは、検事調べから戻ると、そのまま4室に入ったという。それは、またやっかいな日常に戻ることを意味していた。
わずか1日・・・
話が違うぢゃねえか。
( ̄ー+ ̄) s:th (シスと発音して下さい)